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アナウンサー&パーソナリティ

演歌の新星、さくらまや ちゃん!!

2009.08.27 Thursday
 先日8月22日(土)23日(日)に
 福井市の一乗谷朝倉氏遺跡で
 「越前朝倉戦国まつり」が開催されました。
 今年は、6月に行われた全国植樹祭の
 「お野立て所」をメインステージに、
 様々な企画が行われました。

  

 およそ4000本のろうそくの炎がゆらめく「越前朝倉万灯夜」が今年も行われ、
 唐門前の広場など遺跡一帯が幻想的な雰囲気に包まれました。
 「夢・創造足羽会」の皆さんが中心になり、
 復興祈願とボランティアへの感謝を込めて行われています。
 今年は福井豪雨復興5年の節目の年でもあります。
 また、大垣城鉄砲隊・愛知古銃研究会による「火縄銃砲演」も行われました。
    

 そして毎年恒例の「越前朝倉戦国まつり 歌謡ステージ」。
 ゲストは、小学5年生11歳の天才演歌歌手 さくらまやさん。
       イケメン演歌歌手 川崎修二さん。
       地元、一乗谷ご出身の高岡俊恵さん。
 やはり注目は、北海道帯広出身、昨年12月にデビューしたばかりの
 小学5年生 さくらまや さん。
 「美空ひばりの再来」とも言われる天才演歌歌手です。
 

 2歳の頃からヴァィオリン・ピアノ・童謡などを習い、
 2004年には「全国童謡歌唱コンクールグランプリ大会」で金賞を受賞するなど、
 数々のコンテストで賞を受賞しています。
 
 小学校入学前、ある演歌のステージを見て、
 「ビビッ!」っときて演歌の道へ進むことになったそうです。
 憧れの歌手は「美空ひばり」さんと「北島三郎」さん。
 当日は、デビュー曲「大漁まつり」はもちろん、
 美空ひばりさんの「お祭りマンボ」や「ふるさと」などの童謡も披露してくれました。
 会場にお越しのたくさんのお客さん・・・その歌唱力に聞き惚れ、涙を流す人も・・・
 
 北海道を離れ、東京の小学校に通うまやちゃん。
 「友達はいーーーっぱいできました!」
 「夏休みの宿題は、日記がちょっと残ってるんです・・・」と笑顔で話してくれました。
 目標は、紅白に出場して「ひいばあちゃん見てますか?」と言うこと。
 きっと、その夢は近い将来、叶うことでしょう。
 現在、デビュー曲「大漁まつり」のキャンペーンを展開中です。
 
 

 なお、当日の歌謡ステージの模様は、
 8月30日(日)16:00〜
 FBCラジオで放送します。お聞き下さい。


70年ぶりの夏はサヨナラホームランで・・・

2009.08.18 Tuesday
わが母校(関西学院高校)が、70年ぶりに夏の甲子園に登場しました。
1回戦の酒田南戦は、7対4で快勝。
先日17日に行われた、2回戦、中京大中京(愛知)戦。
私もOBのひとりとして応援に行ってまいりました。

  

当日は、4万6千人の超満員。
1球ごとに歓声とため息が入り混じる接戦の中、3対4と1点を追う9回表、犠牲フライで4対4の同点に。
大きな甲子園がひっくりかえるのではないかというぐらいの大歓声。
プロ野球阪神戦に匹敵するほどの盛り上がりには驚きました。
さすがにジェット風船は飛びませんでしたが・・・六甲おろしではなく、応援歌「新月旗の下に」の大合唱となりました。
しかし、その裏。
山崎裕貴投手の高めに浮いた初球を相手3番打者がとらえレフトスタンドへ。
大会史上17本目のサヨナラホームラン。
一瞬にして甲子園が静まりかえり、ため息と悲鳴が球場を包み込みました。

 

チームをここまで支えてきた山崎裕貴投手。
165cm・55kgと小柄ながら、正捕手兼リリーフ投手としてチームを引っ張ってきました。
強豪・強打の中京大中京を相手に粘りのピッチング。
この日も18人中、17人が出場する全員野球。
集中力を切らさない堅い守り。
しぶといバッティング。

関西学院の89年ぶりの夏2勝、
1920年以来の全国制覇は夢となりましたが、
球場全体から、選手たちに惜しみない拍手が送られました。

感動をありがとうございました。

監督の広岡先生、どうぞお体に気を付けて、また素晴らしいチームを作ってください。


70年ぶりに!

2009.08.11 Tuesday
地元、福井代表の敦賀気比高校には、もちろん頑張ってもらいたいのですが・・・

わが母校が・・・
 我が母校(関西学院高校)が、70年ぶりに夏の甲子園に登場します。
 兵庫県大会で育英を4対1で破り、70年ぶり7度目の甲子園への切符を手にしました。
 夏の大会史上最長ブランク出場になります。
 最後に夏の甲子園に出場したのは、旧制関学中時代の1939(昭和14)年。
 ドイツ軍のポーランド侵攻に端を発した第二次世界大戦が勃発した年です。
  (夏の選手権は1916年(大正5年)の第2回大会に初出場。
   1920年の第6回大会で全国制覇しています。
   ちなみに、センバツには1998年に63年ぶりに出場するなど、
   6度出場し、1928年の第5回大会で優勝しています。)
 
 伝統校と言われながら、育英・東洋大姫路・滝川第二・神戸広陵・報徳などなど強豪校が
 ひしめく兵庫県大会を制覇することができず、悔しい思いをしてきました。
 私もOBとして、毎年注目していました。まさに「古豪復活」です。

どんなチームなのか・・・
 制球力が持ち味の新川紘耶投手と
 スライダー・カットボールを投げ分ける山崎裕貴投手の継投が必勝パターンです。
 必勝リレーが固まったのは6月。終盤崩れることのあった新川投手の後を継ぐ抑え投手を誰にするのか・・・
 広岡監督は、なんと、迷わず正捕手の山崎裕選手を指名しました。
 球威・制球力・変化球の切れ・強い精神面を期待しての指名だったそうです。
 見事、監督の期待に応え兵庫県大会を制覇しました。
 マスクをとって、ピッチャーマウンドへ・・・という継投が甲子園でも見られそうです。
 ライトを守る鳥内将希選手は、大学のアメフト部の鳥内監督の次男です。
 兵庫県大会で試合を決める貴重なタイムリーを放っています。
 
チームを率いる広岡監督・・・
 また、広岡正信監督(55歳)は、私の高校3年時の担任教諭でもありました。
 社会科の教諭でもある広岡先生は、当時から楽しく分りやすい授業でも有名でした。
 報徳の監督を経て、1990年から母校の関西学院高校を率いています。
 関学高野球部監督就任当初は、部員10名の時代もありましたが、
 ここ10年は兵庫県大会で常に上位をうかがうチームをつくっていました。
 「なんとか子供たちを甲子園に出してやりたい」と当時から話していました。
 数年前、病気で入院をされたという話を聞いて心配していましたが、年賀状のやりとりで、
 元気にされているんだなぁと安心しておりました。

大会第3日に登場・・・
 70年ぶりの夏の甲子園1勝を目指して、大会第3日に山形代表の酒田南と対戦します。
 雨で順延など、なかなか調整の難しい今大会ですが、
 ここまできたら関学旋風で全国制覇を目指してもらいたいものです。

高校時代の私・・・
 身長は現在とほとんど変わらず・・・
 体重は−10kg・・・
 彼女いない歴18年・・・当時の私です・・・
   

さわやかツアー 旅日記 その6最終回 いよいよモンサンミッシェルへ

2009.08.05 Wednesday
第35回 FBCさわやかツアー が 2月25日(水)〜3月4日(水)まで行われました。
私、岩本和弘と行く
「南イタリアとパリ・モンサンミッシェル・世界遺産を巡るバストハイライト8日間の旅」です。
(旅行企画・実施:阪急交通社)
私が旅行中に書いていた旅日記の一部を紹介させていただきます。

いつになったら更新するねん・・・
おまえの旅はいつまで続いてるんや・・・
という数々のお声をいただきました。
大変ご心配をおかけ致しました。
ようやく、「さわやかツアー 旅日記 その6 最終回」です。


 3月2日(月) 
 「世界遺産 モンサンミッシェルへ」
 
 観光の最終日は「世界遺産 モンサンミッシェル」です。

 早朝にパリを出発・・・でもモンサンミッシェルは、なかなか遠いわけで・・・
 
 パリ市内からモンサンミッシェルまでは、およそ300km。
 東京から名古屋間の距離に相当します。
 ハイウェイでおよそ4時間。いきなり霧が立ち込める中での出発です。
  
 なんとなく霧がはれてきたかと思ったら・・・
  
 
 また霧です。モンサンミッシェルのあるフランス西海岸はいつも天候が悪い場所だけに、ちょっと心配。
   
 途中のサービスエリアで大行列が・・・ お手洗いの行列です。女性用トイレは20分待ち・・・
 パリを早朝に出発するツアーが重なってしまうため、毎回恒例の光景です。
  
 ようやく晴れてきたようで・・・
   

 車でおよそ3時間30分。モンサンミッシェルが、はるか遠く、かすかに見えてきたような・・・
  
 ぼんやりとではありますが、ピラミッドのような形が見えてきました。
  
 はっきりと見えてきました。最終目的地モンサンミッシェルです!
  
 写真で見ていた姿と同じです・・・バスの中では歓声が・・・
  
 この写真を撮るために、はるばるやってきました・・・
   
      天気もすっかり良くなり・・・         真下から見上げるとこんな感じ・・・

 モンサンミッシェルは、フランス西海岸、サン・マロ湾上に浮かぶ
 全周およそ900mの小さな島(岩山)に築かれた修道院です。
 カトリックの聖地として、歴史を刻んできました。
 709年司教オヴェールの夢に「聖ミカエル」が現われ、「この岩山に聖堂を建てよ」と、
 お告げを受け、大天使を奉る聖堂の建築を命じたと言われています。
 
 その命に従い、建築が開始され、難工事の末、16世紀に完成しました。
 「モン・サン・ミシェル」とは、「聖ミカエルの山」という意味です。
 ロマネスク、ゴシック、ルネッサンス様式など、その時代時代に増築・改築されてきました。
 14世紀には、英仏百年戦争に巻き込まれ、修道院の周囲に城壁などを築いて要塞化されました。
 18世紀のフランス革命の時には閉鎖され、監獄として使われたこともあります。
 その後、1865年に再び修道院として復元され、ミサが行われるようになりました。

 中に入ると、レストランや土産物屋が軒を連ねています。
    
 
 モンサンミッシェルの名物料理、卵白を泡立てて作るふわっふわのオムレツ。
 巡礼者に取り急ぎで出した卵料理が、今では名物料理になっています。
   

    
 
 フランス西海岸、サン・マロ湾は、ヨーロッパでも潮の干満の差が最も激しい場所として知られ、
 潮の満ち引きの差が15m以上あります。
 中世の時代、巡礼者は、広大な干潟を歩いてモンサンミシェルを目指しました。
 しかし、多くの巡礼者が、潮の干潮のタイミングを読み誤まり、命を落としたそうです。
 19世紀になって防波堤が築かれ、安全に島へ渡れるようになりました。
 現在は、ベネディクト派の修道院として使われており、今でも祈りをささげる修道士の姿が見られます。
 年間250万人もの人が訪れる観光地でもあります。
 近年、急激な陸地化により、かつての景観が失われたとして、
 今後、岸との間の道路が取り壊され、新たな橋を架ける事が計画されています。
         
       岸との間の道路(防波堤)です。        360度こんな光景です。
          
  
      干潟に浮かぶモンサンミッシェル

   
  専門のガイドによる干潟を歩くツアーもあるそうです。しばらく眺めていたい光景です。        



  最終日、パリのシャルルドゴール空港で皆さんと記念撮影
  
  参加頂いた皆さん、ありがとうございました。とっても素敵な旅でした。
  旅を共にすると、家族のようになるもので、別れはさみしいですが、
  またいつかご一緒できる日を楽しみにしています。
  「また会う日まで」
  次回の「さわやかツアー」もお楽しみに。


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